合格体験記(2014Kaz)

【入学時年齢】32歳
【職歴】自動車メーカー エンジニア (6年)
【私費/派遣】私費
【最終学歴】同志社大学工学部、同大学大学院 (専攻: 機械工学)、米デューク大学(技術経営専門職院)
【国外経験】米NY州Ithaca(コーネル大学研究員(2006.6~2007.8))、米NC州Durham(デューク大(2007.8-2008.5))、海外出張(欧州、北米地域)
【Why MBA】
・日本経済の柱の一つであり日本がまだ競争力を有する(と信じる)自動車関連技術開発、製造、いわゆるものづくりにエンジニアとして関わってきたが、長期ゴールでもあるこれらのさらなる強化、継続的なイノベーション創出を考えた場合、一エンジニアとしての限界を感じた。実は自動車メーカー入社前からこれには薄々気づいていたため、入社前から例えばコンサルタント、事業会社の事業企画戦略部隊などでのキャリアも視野に入れて将来の職業選択をどうするかニュートラルに考えていた。その中で自分の場合、長期ゴールを実現するために、エンジニアとしては得られない専門スキルの獲得が期待できるMBAは将来に備えて「おそらく」必要との結論に達した。
・転職を幾つか重ね長期ゴールを実現できる可能性も当然あり得るため、MBAは絶対必要かというとNoかもしれない。しかし一度きりの人生、米国ではない他の国でもう一度留学経験を積み、人生をより豊かなものにしたい、と強く思ったため迷いなく受験した。
【Why Cambridge】
総合大学として名実共に世界トップクラスであって、どちらかというと自らのバックグラウンドである理工系に強く世界最多ノーベル賞を誇るケンブリッジという土地に身を置き、その強さの秘密、メカニズムを見てみたい、という思いがあった。エンジニアリングや技術は種々の社会問題の解決に貢献するものであり、その社会問題は異分野の人から学ぶことも多いことから、米国以外の英語圏であるイギリスのトップ総合大学に絞って出願した。
【TOEFL/IELTS対策】
米国学位を活かしTOEFL免除となるプログラムのみ出願した。逆にHPなどに免除と書いていなくても、免除とするようアドミッションにアピールし強く交渉した。海外大卒の方や海外職務経験が豊富な方はまず交渉することをお勧めします。こうした交渉から既にプロフェッショナルとしての動作と評価されるかもしれません。(勿論丁寧、謙虚、相手のポリシー尊重は忘れてはなりません。)
【GMAT対策】
十分なスコアが取れなかったので他の方を参照のこと。
【補足】GMATが相当に低くても合格するための自分が取った戦略を以下に示す。
自分が取った戦略は長期的なものである。入社前からMBA出願可能性を感じたので、入社後も夏休み、有給休暇を当てて、海外大の短期プログラムに参加し、認定や公式単位を取得した。私の場合、卒業したデューク大学とオックスフォード大学のイノベーションに関する短期プログラムに参加し、Certificateを取得したり、MITのイノベーション関連のサマーコースに参加し、単位を取得した。いずれも一週間程度のコースではあるが、一学期の一科目分くらいの分量をある科目について網羅するタフなもので、話はそれるがそれまで留学について全く未経験の方には非常に良いトライ機会となると思う。また、受験校のビジットも休みを利用して実施し在校生とも知り合えることができた。
【エッセイ対策】
MBAではないとはいえ米国院出願時の経験があり、書き方はそれなりに理解していたため、ドラフト作成から最終まで全て自分で仕上げた。米国留学時同様、最終版だけEssayEdgeに出して文法、単語チョイスをネイティブによる洗練したものに仕上げ提出した。コストパフォーマンスはかなり良い。これも上の長期戦略に入るが、入社時から会社や業界の問題について自分なりに考え続け、それらをメモし、加えて関連するビジネス書なども読み考察していたことが良かった。このため、エッセイネタの選定、構成などにはそれほど時間を要さず比較的すぐに書けた。是非長期計画で出願される方は、普段から問題を見つけて考え続け色々なネタについてショートエッセイを蓄えていって下さい。自然にエッセイが出来上がります。しかもかけた時間が年単位となるので、深くて良い、熟成されたエッセイとなります。勿論プロのエッセイ指導サービスを活用し最短で最高のエッセイを作ることも素晴らしいことですが、自分は上記のやり方が合っていました。
【推薦状対策】
前代未聞かもしれませんが、私費ということもあり会社に言いにくい状況であったため、2通とも以前お世話になった大学教授にお願いしました。この点は、ケンブリッジ含め各大学はダメだとは言ってきませんでした。ただし、2人とも就職してからも学会や出張先で関係がある先生であったため、仕事に関係したテイストを出すことは可能だったと推測します。また、一人はデューク出願時もお願いしたコーネル大の教授であったため、その重要性と書くべき内容については熟知されており心配はありませんでした。
【インタビュー対策】
米国留学経験があり、当時も出願校をビジットし教授との面談を経験していたので、自然体であることのみ心掛け、自分という人間が表現できる自分が使い慣れた単語、話し方で落ち着いて話せば大丈夫、と信じこれも自力でイメージを作った。ある程度想定問答は用意したが、覚えるとどうしても棒読み、忘れると頭が真っ白になるというリスクがあるため、覚えるのではなくポイントを頭で理解し、あくまで「会話」というコミュニケーションの基本を忘れないよう注意した。
【メッセージ】
私は非常にスコアが低かったですが、合格を頂くことが出来ました。絶対に諦めないこと、と他の在校生、卒業生もアドバイスされると思いますが、それをまさに体験した珍エピソードを(恥をしのんで)今、出願を考えておられる方々と共有したいと思います!
実は、2nd Roundインタビューに呼ばれ、それなりに「普通」にこなせたかと思いましたが、結果はウェイトでした。英国まで行ってこれかぁ、と落ち込みました。インタビューに呼ばれている以上、低スコアは理由ではなく、面接対応時のロジック構築不十分か、考えの甘さか、等と推測しましたが、真実は分かりませんでした。ただ、それを考えても仕方がありません。そこでインタビューで教授に紹介して頂いた彼の著書を読み、その感想文を自分のエッセイと絡めて書き上げ、追加エッセイとして提出、そして海外に駐在する会社先輩で博士号を有する理解者に追加推薦書をお願いしました。するとこれの結果かはもはや不明ですが、3か月後に何と携帯電話に直接アドミッションから突然電話があり、2ndインタビューをやる気はあるか、とのこと。一時システム上はウェイトの状態が「不合格」に変わった時期もあり奇跡復活と信じられない事態でした。よっぽど日本人に辞退者が出たか、落としすぎてプログラムの目標日本人数に未達となったか、等と推測はしますが、いずれにしても正に奇跡的でした。2,3日後に早速DirectorのSimonと電話インタビューを40分程度実施し、数日後合格を頂きました。Simonにはなぜ米国の有名校でそれなりに成績も取れて、こうして会話もできるのになぜGMATがこんなに低いのかと聞かれ、これがやはりネックであったと感じました。しかしこれも推測ですが、この問いにどう答えようとSimon自らが会話能力を調べその感覚で合否を最終決定することがこの電話の主目的であったと感じます。
こうしてケンブリッジに今いる訳ですが、例えウェイトになろうと、不合格となろうと周辺状況の変化から奇跡があり得るということです。ただ、そうなった際の過ごし方として、出来ること全てをやり切り、時間を過ごすことで神様が味方すると本気で思いました。地元の神社に妻と趣き、合格祈願のお守りを手にしたことも加えておきます。
最後はちょっと長くなりましたが、大変珍しい経験ですのでこんなケースもあるんだ、と思って頂き、自分を信じて頑張って下さい!!!

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